25年前の春、私はとある門を母と叩きました。
それはヤマ◯音楽教室、、そこでとある先生に会うことになります。
S先生とでもしましょう。
細身の綺麗な先生でした。そこから私のピアノ人生は始まります。
私はその後、何も迷わず、毎週土曜日ピアノ教室に通いました。
グループレッスンで、お友達と一緒にレッスンをしていました。
いつ頃だったか、、そう、あれはきっと小学校5年生くらいだったかと思います。
グループレッスンの友達が、個人ピアノレッスンもしているということで、
私もやりだしたんですねー。
そこからが・・・言葉は汚いですが、地獄でした(笑)
とにかく先生が急に怖くなった!!
小学校3年生くらいから、練習していかなかったら怒られる、という認識が出来始めていましたが、
個人レッスンは、とにかく怖い、という印象しかありません。むしろ半分いやいやでした。
・音が違ったら、叩かれる(げんこつあり)
・暗譜していなかったら、楽譜を投げる
・連弾で間違えると椅子からおとされる
・楽譜に書いてあることを言わせるな。が口癖
いやー、、、こうして読むと地獄ですね。
呪いの魔法とか、本気で考えてたこともありました(あはは、、病んでる!!!)
辞めたいというのさえ怖かった私はそれを言うこともできず、
中学受験のときも休まずにピアノを続けることになりました。
その後、中学の吹奏楽部でトロンボーンをやりだし、エレクトーンに手を染め出したころから、
クラシック以外のジャンルに興味を持ち、高校卒業後はエレクトーンの世界へ。
ですが、そこはヤマ◯あってのエレクトーン。世間は狭いんです。
学校で、たまたまS先生にすれ違い、普通に話をしていたら、
他の先生に会って、「どうして知ってるの?」と聞かれ、「四歳から習ってました。」と言ったら、他の先生が仰天したということもありました。
あと、指導法ゼミの授業中に、参考ビデオの中で、先生役で出てきたこともありました。
あれはほんまにビックリしました。
卒業後、指導法の講座を受けたら、先生が講師というのが数回あって、お互い気まずくなったこと何度かあります。
前置きが長くなりましたが、
それから25年、そのS先生がシェムリアップへ来たんです!!!!!!!!!!!!!!
数か月前からメールのやりとりをして、いざその日が!!
今週の月曜日、電話をとると、聞き覚えのあるきれいな声がしました。
先生です。
・・・・来た。
冷や汗です。
もうね、ほんまこんな感じです。
ですが、もうそこは逃げられません。その日のよる、先生のホテルに伺い、会うことになりました。
お部屋に伺い、久しぶりの再開に浸る間もなく、先生はお勧めの教材を見せて、わかりやすく、きちんと説明してくれました。
ヤマ◯っ子にはお馴染みのピアノスタディ、、新しくなって、とってもかわいくなりました。
挿絵もそれぞれの曲にあわせてイラストレーターを変えたというこだわりよう、
子供たちが色々想像してピアノを弾くのが目に浮かびます。
言葉の壁はあるけれど、カンボジアの子供たちもとっても喜びそうな本です。
こっちに来て、いろんな国の幼児ピアノ教本を見てきましたが、これほど充実していて、子供が喜ぶ本に未だに出会ったことがありません。
質が違います。回し者ではないけれど、改めてヤマ◯ってすごいなぁと思います。
タイでのヤマ◯音楽教室開講の際にも研修で、教えていた経験もあるS先生は、
こっちでの音楽普及にも興味があって、逆に色々質問されました。
3夜続けて先生とお話しましたが、やはり先生の生徒でよかったなぁと思いました。
最後のよる、先生にカンボジアどうでしたか??と聞くと、
「来てよかったー!!!!影絵ショーのスバエクは素人!って思わず言っちゃったけど」
と最後の最後に笑顔で毒を吐くのを忘れないところはS先生節健在で、ちょっと血の気がひきました(笑)
さてさて、明日はカンボジアのお正月。
私はカンボジアに移り住み、ついに6年めに突入しましたー。
次のステップへ向け、S先生の様な時には怖い先生となり、これからも頑張ります!!!!!!!!!